「有限性に思う」
世界の人口が100人であったら・・・、の例えは、世界のいろいろな側面を私たちに示してくれました。ひとつには、地球上で如何に多くの不平等が、まだ存在するかを。
人の数は比率として理解しやすいのですが、もし、世界の資源が100(トン?)であったら、もし、地球の環境が100(単位が難しい)であったら、もし、宇宙が誕生して100日であったら、等々は、小学校一年生の恰好の教育材料になるとなると思うのですが・・・。
今日の地球規模での環境・資源問題もこのような限られた数字の中で考えると具体性・緊急性を帯びてきます。
近代社会が希求してきたもの、特に資本主義社会が創造し続けてきた右肩上がりの成長は、実は 世界の資源は無限大、地球環境も無限大という前提にのみ成り立つものなのです。
資源やエネルギーのすべてを人は創り出すことはできませんが、環境は努力によっては元(100)に戻すことは可能です。
限られた資源と潜在するエネルギーを再び社会に還元すること、失われた環境を可能な限り修復すること、そんな目的を地道に追い求める企業、それが私たちリーテムです。
{参考}
世界人口が100人だったら
57人アジア人、21人ヨーロッパ人、
14人南北アメリカ人、
8人アフリカ人。
52人女性、48人男性。
70人キリスト教徒以外、30人キリスト教徒。
6人が世界の富の59パーセントを所有しており、
その6人すべて米国人。
80人は低水準の住居に住み、
70人は文字を読むことができない。
1人が大学卒で、1人がコンピューターを持っている。 |