AI(Artificial Intelligence=人工知能)は、医療や物流、教育など、さまざまな分野で世界的に活用が進み、社会の効率化に大きく貢献しています。日本では、2025年6月に「AI推進法」が施行され、AIを国家戦略として育て活かす姿勢が明確になりました。また、今夏の参議院選挙ではAIエンジニアが党首を務める政党が1議席を獲得し、テクノロジーによる政治変革への期待の高まりもうかがえます。しかし、AIの発展の裏側では、膨大な資源やエネルギーを消費し、新たな環境・社会コストが静かに積み上がっています。本稿では、AIを「作る」「動かす」「捨てる」というライフサイクルに沿って、その隠れたコストに焦点を当てます。
AIを作る
AI処理に必要な半導体を製造するには、膨大な水資源と化学薬品が使われます。たとえば、AI用のGPU(=画像や映像の処理を行う半導体チップ)市場をほぼ独占する米国のある半導体メーカーは、世界で稼働する全施設を合わせて年間79万m³もの水を使用しており、その過半数が水資源に乏しい地域に立地していると報告されています。また、半導体の受託生産をしている台湾の半導体製造工場では市全体の水使用量の10%以上が消費されており、2021年の干ばつ時には農家への給水が制限され、工場との水資源利用の優先順位をめぐって対立が表面化しました。こうした状況は現在も一部地域で続いており、水資源をめぐる緊張は解消されていません。
半導体工場、熊本県
出典 NHK
また、半導体製造工程ではフッ素系ガス、有機溶剤、重金属などの有害物質が使われており、排水による水質汚染や周辺環境への負荷も懸念されます。今年3月、熊本県にある半導体製造工場では、処理水が流れ込む坪井川でPFAS(※備考)の一種が、昨年春までの約1年間の平均に比べて濃度が8.55倍に達する濃度上昇が確認されています。
さらに、AI半導体に必要なリチウム、コバルト、レアアースなどの希少金属の採掘には、森林伐採や土壌汚染に加え、児童労働などの人権問題が伴います。たとえば、世界のコバルトの約8割を産出するコンゴ民主共和国では、2万5,000人以上の子どもが手掘りの鉱山で働いていると米労働省は推計しています。こうした現状は、AI需要の拡大が環境破壊と人権侵害のリスクを高めていることを示しており、持続可能なサプライチェーンの構築が強く求められます。
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AIを動かす
データセンターは、クラウドサービス、Webホスティング、企業データの保存・処理などを行う「汎用型データセンター」と、AIの演算処理(生成AI、ディープラーニング、LLM(大規模言語モデル)の学習・推論)に特化した「AIデータセンター」と大きく分けられます。IEA(国際エネルギー機関)によると、2024年の世界の電力消費のうち、これらすべてのデータセンターが占める割合は全体の約1.5%(約415TWh)で、うち15%がAIデータセンターと推計されています。さらに、2030年には945TWhに倍増し、これは日本全体の現在の電力消費量を上回る規模に達すると予測され、特にAIの発展が倍増の主要因になると見られています。
また、データセンターの冷却には多くの水が使われています。ICEF(国際クリーンエネルギーフォーラム)によると、2022年時点で世界中のデータセンターで使用された冷却水は、1日あたり約110万m³にのぼり、これは家庭約10万世帯分に相当します。地球表面の約71%は水で覆われているものの、人間が利用可能な淡水はその1%未満にすぎません。なかでもAIデータセンターは処理性能が高く、発生する熱量も大きいため、従来型よりも多くの冷却水が必要とされ、淡水資源への影響が懸念されています。
AIデータセンターの建設が世界各地で加速するなか、地域社会の問題も表面化しつつあります。アイルランド、チリ、アメリカ、オランダなどでは、水資源の枯渇や電力供給への負荷、森林伐採、騒音などを理由に、建設の中止や規制を求める動きが活発化しています。
2025年7月21日、データセンター建設計画に反対する
米インディアナ州モンロビアの住民
出典 Indiana Economic Digest
日本では既存の115か所に加え、2025年中にさらに46か所の新設が予定されており、環境影響や情報公開のあり方をめぐって各地で懸念と反発が高まっています。
たとえば東京都昭島市では、大型物流施設を併設した日本最大の大規模データセンター(用途未定)の建設計画に対し、住民が健康や水環境への影響を理由に強く反対。2025年6月末には着工届が提出され、工事が進行する一方で、説明不足を訴える記者会見や署名活動が展開されています。
東京都日野市では工場跡地に計画されている全国で2番目の大規模データセンター(用途未定)について、事業者側が住民の声を受け入れ、建物の高さを当初案から引き下げるなどの譲歩を示しました。本格的な建設工事は2026年11月に開始される予定で、現在は地域との対話が進められています。
日野台の低層住宅地に隣接する巨大データセンター構想図、東京都昭島市
出典 asacoco
AIを捨てる
GPUやIoTデバイス、AI搭載の電子機器など、AIに関連する機器は、驚くほど早いスピードで時代遅れになります。その背景には、①AIの進化により高性能な半導体チップが次々と登場し、旧型機器では処理が追いつかなくなること、②新しいソフトウェアが最新機器を前提に設計され、旧機種が対応できなくなること、③企業の短いサイクルでの新製品投入によって、製品寿命そのものが短くなっていること、などがあります。このような状況から、AI機器の廃棄の加速が懸念されています。
国連の「第4回 世界電子廃棄物モニター(GEM 2024)」は、電子廃棄物(e-waste)の増加ペースが、正規ルートで回収・リサイクルされる量を5倍もの速度で上回っていることを明らかにしました。2022年の世界全体での電子廃棄物の排出量は約6,200万トンにのぼり、2030年には32%増の約8,200万トンに拡大すると予測されています。そのうち、AI関連の廃棄物だけでも最大で約500万トン、電子廃棄物全体の12%近くを占める可能性があるとされています。
出典 Global E‑waste Monitor 2024
一部の電子廃棄物は、アフリカや東南アジアなどの発展途上国に輸出され、不適切な方法で処理されている例も少なくありません。AI機器は高度な半導体と重金属、有害化学物質を多く含むため、こうした処理が引き起こす環境・健康リスクはより深刻とされています。
素手で電子廃棄物を解体する劣悪な環境、インド・ニューデリー
出典 Citizen Matters
日本国内では、リーテムを含めて、電子廃棄物から、鉄、金、銀、銅、アルミ、ステンレス、プラスチックなどをマテリアルリサイクルしているリサイクル企業が多く存在しますが、AI関連の電子廃棄物に含まれるリチウムやコバルトなどの希少金属は、素材の複雑さや分離の難しさからリサイクルはまだこれからです。資源の有効活用と環境への負荷低減のためにも、回収・再利用を前提とした「循環型利用」への転換が求められます。
おわりに
一見“非物質的”に見えるAIも、実は大量の資源やエネルギーという“物質的な支え”の上に成り立っています。この事実に目を向けず、利便性だけを追い求めれば、環境や社会への負荷はますます見えにくくなっていくでしょう。2025年7月23日、トランプ米大統領は「AI行動計画」の大統領令に署名し、半導体製造施設やデータセンター、電力インフラ整備に関する手続きの迅速化を進める方針を打ち出しました。これは、AI技術の推進を一層加速させる一方で、環境や地域社会への影響が十分に議論されないまま、開発が先行するリスクも孕んでいます。米中をはじめとした国家間の開発競争が激しさを増すなか、今問われているのは、「どれだけ速く進むか」ではなく、「どのように進むのか」という視点です。作る・使う・捨てる、そのすべての段階で自然や人と調和させていく「AI循環社会」の発想が、これからの持続可能な未来を形づくる鍵になるのではないでしょうか。
最後に本コラムの内容を1枚にまとめたニュースレターを添付しますので、ご参照ください。
ニュースレター_2025.7
令和7年7月30日
株式会社リーテム
法務部
加藤 翠
リーテムのサービスのご紹介
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https://kanri.re-tem.com/
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出典
NVIDIA社CDP水資源セキュリティアンケート 2023(CDP)
台湾の大干ばつで農家とハイテク工場が水を奪い合う(Laist)
PFAS上昇「因果関係」の説明に食い違い TSMC進出後の河川水(朝日新聞)
人権問題をはらむコンゴのコバルト採掘、改革に向け企業がすべきこと(Forbesjapan)
2030年までにデータセンターのエネルギー使用量は2倍にーAIが後押し(SCIENTIFIC AMERICAN)
データセンター水使用量(ICEF)
水に関する事実 – 世界の水の供給(United States Bureau of Reclamation)
日本のデータセンター・ポートフォリオ 2025(businesswire)
昭島市・日野市・小平市 巨大データセンターが多摩地域に次々と(asacoco)
東京・日野の大規模データセンター建設計画、反対する住民に事業者が一部譲歩(日経クロステック)
世界電子廃棄物モニター2024(UNITAR)