近年、異常気象や都市のヒートアイランド現象が深刻化するなか、持続可能な冷却技術への関心が徐々に高まっています。空調の省エネ化や再生可能エネルギーの導入が進む一方で、見落とされがちなのが「伝統的な涼の工夫」です。風や水、土、光といった自然の力を活用して室内の温度を調整する「パッシブデザイン」と呼ばれる手法は、機械に頼らず快適な空間を作り出す知恵として、現代の建築や都市計画で再評価されています。
~目次~
1. 水と素材の力を活かす冷却術
2. 風と光を操る建築の工夫
3. 空間が涼をつくる中庭の知恵
1. 水と素材の力を活かす冷却術
素焼き壺がヒントに(インド)

【伝統技術】 インドでは、素焼きの壺「Matka(マトカ)」に水を入れることで、壺の表面からの蒸発によって中の水を冷却する蒸発冷却が活用されてきました。気温や湿度にもよりますが、マトカは水を周囲の気温より5~10℃程度低く保つことができます。
【現代応用】 この原理を現代建築に活かしたのが、インドのCoolAnt社です。この冷却システムは、蜂の巣や木々の蒸散作用を模倣し、筒や葉のような形の陶器を使用して水の蒸発によって空気を冷却します。すでにインド各地の学校や公共施設に設置され、多くの人々に快適な環境を提供しています。
都市に生きる、打ち水とすだれの発想(日本)

【伝統技術】夏の路地に水を撒く「打ち水」は、水が蒸発する際に熱を奪う気化熱によって気温を下げる昔ながらの知恵。また竹や葦などの自然素材の「すだれ」は、強い日射を遮りつつ、風通しの良い涼やかな空間をつくります。
【現代応用】 これらを都市建築に活かしたのが、日建設計の「BIOSKIN」。セラミックパイプに水を循環させ、建物表面の熱を奪う蒸発冷却を実現。2011年竣工のNBF大崎ビル(旧ソニーシティ大崎)で初採用されました。建物内部や局所的な冷却を目的とするCoolAnt社のシステムに対し、BIOSKINは高層ビル向けに最適化され、ヒートアイランド現象の緩和を目的に周辺気温の低減に重点を置いています。
2. 風と光を操る建築の工夫
風を取り込み、熱を逃がす塔(カタール)

【伝統技術】 イランなど中東地域でおよそ2500年前から見られるペルシャ建築の「Badgir(バードギール)」は建物の上部の塔で風を捉え、内部のダクトを通じて涼しい空気を建物内に導きます。熱い空気は上昇して外部に排出される仕組みです。
【現代応用】 ドーハのカタール大学は、2010年代に建設された複数の建物にバードギールを現代的に再現。暑い気候(夏は45℃以上)での冷却を実現しています。四方開口の伝統的構造を踏襲しつつ、RC構造や高性能断熱材を用いた現代建材で構築。伝統装飾を持ちながらもミニマルな造形で、地域の文化的アイデンティティを表現しています。
日差しを読み、建物が動く(UAE)

【伝統技術】 中東の伝統的なアラブ・イスラム建築に見られる「Mashrabiya(マシュラビーヤ)」は、彫刻が施された木製の格子に囲まれた突出した窓の一種で、直射日光を遮りながら、風を通し、かつ美しい外観を保つ建築要素。外部からの視線を遮断しつつ、室内からは外が見える女性のプライバシーを重視した設計になっています。
【現代応用】 このアイデアをデジタル技術で進化させたのが、2012年竣工のアブダビ(UAE)にある25階建てのツインタワー「Al Bahr Towers」です。2000枚以上の幾何学模様の外装パネルが太陽の動きに合わせて自動で開閉し、太陽光パネルで発電した電力で駆動しながら光と熱を調整。最高49℃、湿度100%の過酷な環境下で日射遮蔽を主目的としています。
3. 空間が涼をつくる中庭の知恵
風と光を招く、囲まれた中庭(中国)

【伝統技術】 中国北部の伝統住宅様式「四合院(しごういん)」は、方形の敷地に4つの建物(北・東・西・南)を配置し、中央に中庭を持つ建築形式です。自然光や風が中庭を通じて流れ込み、快適な住環境が保たれます。風水思想に基づき、北を背にした配置(北が高く、南が低い)が一般的です。
【現代応用】 Galaxy SOHOは、北京にある大型複合施設で、建築家ザハ・ハディドにより設計され、2012年に竣工しました。伝統的な中庭の概念を現代的に再解釈し、4つの流動的なドーム状の構造が橋やプラットフォームでつながれ、複数の公共中庭と中央の「キャニオン」と呼ばれる大きな中庭を形成しています。自然光と風を取り込む設計が特徴で、内向きの四合院とは対照的に、外へ開かれた公共空間として構成されています。
水と緑がつくる心地よい中庭(UAE)

【伝統技術】 アラブ地域では、建物の中心に噴水と植物を備えた中庭を設けることで、空気を冷やしながら循環させる蒸発冷却の手法が古くから用いられてきました。高温乾燥地帯において、噴水や水路の水が蒸発することで気化熱が奪われ、周囲の空気温度を下げます。あわせて植栽が日差しを和らげ、快適な居住環境を生み出します。
【現代応用】 ルーヴル・アブダビ(UAE)は、サディヤット島に位置するジャン・ヌーヴェル設計の美術館で、2017年に開業しました。55の白い建物から成り、中庭空間を現代的に再解釈。中央には噴水や植物、水路、水面が配置されています。直径180mのドームはマシュラビーヤの格子で日射を遮り、光の雨を演出。水面と影の効果で体感温度を下げます。蒸発冷却と自然換気によりエネルギー効率を高め、視覚的な涼感と快適な空間を実現しています。
おわりに
現代社会が抱える気候変動や都市のヒートアイランド現象に対し、パッシブデザインは持続可能な解決策として改めて注目されています。米国のLEED、英国のBREEAM、日本のCASBEEなどの環境性能を評価する建築認証制度にも、パッシブデザインに関わる評価項目が組み込まれ、建築設計の重要な要素として認められています。今後の建築や都市設計において、自然の力を生かす工夫は、環境負荷の軽減だけでなく、文化の継承や地域のアイデンティティを活かした魅力づくりにもつながっていくと思います。
最後に本コラムの内容を1枚にまとめたニュースレターを添付しますので、ご参照ください。
ニュースレター_2025.5
令和7年5月22日
株式会社リーテム
法務部 加藤 翠
リーテムのサービスのご紹介
解体撤去ワンストップサービス
https://www.re-tem.com/service/closure-dismantle-removal/
リユースサービス
https://www.re-tem.com/service/reuse/
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